東京高等芸術学校のモデルはやなせたかしの母校・東京高等工芸学校の図案科?

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朝ドラ「あんぱん」

今田美桜さんがヒロイン役の朝ドラ「あんぱん」で進路に迷う北村匠海さん演じる柳井嵩が東京高等芸術学校に進学しますがモデルは実在の東京工芸学校の図案科?

東京高等芸術学校は崇のモデルのやなせたかしさんの母校なのか?史実からご紹介します。

あんぱんで嵩が東京高等芸術学校を受験のネタバレとは?

朝ドラ「あんぱん」とは

NHK連続テレビ小説「あんぱん」は“アンパンマン”を生み出したやなせたかしと暢の夫婦をモデルに、生きる意味も失っていた苦悩の日々と、それでも夢を忘れなかった二人の人生。

何者でもなかった二人があらゆる荒波を乗り越え、“逆転しない正義”を体現した『アンパンマン』にたどり着くまでを描き、生きる喜びが全身から湧いてくるような愛と勇気の物語です。

引用元 公式サイト

ヒロインの朝田のぶ役を今田美桜さん、その夫となる、やなせたかしさんをモデルにした柳井嵩役を北村匠海さんが演じます。

嵩が東京高等芸術学校を受験

朝ドラ「あんぱん」伯父である寛(竹野内豊)の養子になった、成績優秀な弟、千尋(中沢元紀)が寛の跡を継がず、法律の道に進むことを決心。

母親の登美子(松嶋菜々子)の喜ぶ顔が見たい一心で、高知第一高等学校を受験することにした嵩(北村匠海)。

登美子のひどい言動についてはこちらでご紹介しています。

あんぱん登美子がヒドイ!イライラする今後のネタバレとは?

ですが嵩は不合格となり、登美子は柳井家を出ていきました。

絶望の淵にいた嵩に、寛はこう元気づけます。

泣いても笑っても日はまた昇る。
絶望の隣はね、希望じゃ

一浪することにした嵩でしたが、千尋に本音を打ち明けます。

本当は絵を描きたいんだ。絵をかいて生きていきたい。

偶然それを聞いていた寛は、美術系の学校に進学することを勧めました。

ここから朝ドラ「あんぱん」たかし受験のネタバレです!

第5週 22話

寛(竹野内豊)に背中を押され、嵩(北村匠海)は美術の学校を受験することを決意する。しかし、苦手な数学の試験もあると知り頭を抱える。同じ頃、弱音を吐いて泣き出すうさ子(志田彩良)を励ましながら、せっせと先輩の洗濯物を洗うのぶ(今田美桜)。そこに現れた担任の黒井(瀧内公美)は、「御国のために強くなりなさい」と言い放つ。そんな中、ひと月ぶりに朝田家に帰ってきたのぶに、嵩は絵を描いて生きていくと伝える。

23話

蘭子(河合優実)がある男から結婚を申し込まれる。ひとり作業する豪(細田佳央太)に、蘭子は縁談についてどう思うか尋ねる。豪の返答に蘭子は…。女子師範学校では、薙刀の授業中にのぶ(今田美桜)がうさ子(志田彩良)を助け、黒井(瀧内公美)と対峙。黒井に圧倒されたのぶとうさ子は、一緒に強くなろうと約束する。そのころ、数学の問題に苦戦する嵩(北村匠海)は、寛(竹野内豊)に問題を解くためのコツを教わる。

24話

縁談の返事をするため出掛けた蘭子(河合優実)を連れ戻したのぶ(今田美桜)に、蘭子は本心を明かす。秋になり、うさ子(志田彩良)は薙刀の腕を上げていた。週末も稽古をしていたという彼女に、のぶは圧倒される。年が明け、嵩の受験の日。家族の応援と草吉(阿部サダヲ)の合格あんぱんを受け取った嵩は、夢に向かって出発する。二校のうち一校が呆気なく散った嵩は、一縷の望みをかけ、東京高等芸術学校の試験に臨む!

25話

東京高等芸術学校合格発表の日。嵩(北村匠海)は結果を見る勇気が出ず、ひとりベンチに座っていた。そこに寛(竹野内豊)が現れる。嵩の表情に、「絶望の隣は希望や」と励ます寛だったが、まだ結果を見ていなかった。寛は嵩の腕を掴み急いで掲示板に向かう。その頃、のぶ(今田美桜)は嵩の合否が気になって薙刀の稽古に身が入らずにいた。うさ子(志田彩良)に試合をして負けたのぶに、黒井は信念のない己に負けたのだと言う。

第6週 26話

東京高等芸術学校に入学した嵩(北村匠海)は、受験の際に出会った健太郎(高橋文哉)と再会する。担任の座間(山寺宏一)から銀座に行って世の中を感じてこいと命じられた嵩たちは、さっそく銀座を散策。洗練された街並みと人々に心が躍る。一方、女子師範学校の二年生になったのぶ(今田美桜)は、指導に一層力が入る黒井(瀧内公美)から愛国心を叩き込まれるが、どこか腑に落ちない。そんなのぶに、嵩から手紙が届く。

このように嵩は東京高等芸術学校の図案科に合格し、東京で新しい生活をスタートさせます。

さて、この東京高等芸術学校のモデルとは?以降でご紹介していきます。

 

東京高等芸術学校モデルはやなせたかしの母校・東京工芸学校の図案科?

やなせたかしさんが進学したのは東京高等工芸学校の図案科です。「あんぱん」東京高等芸術学校のモデルといえます。

東京高等工芸学校

東京高等芸術学校は1921年に開設されました。千葉大学工学部の前身にあたります。

第一次世界大戦後の高等教育機関増設政策で設立された、官立高等工業学校のひとつ。

1914年に廃止された、東京高等工業学校工業図案科を継承したもので、東京美術学校図案科と併合されました。

産業デザインを教授する専門学校として設立されています。

第二次世界大戦中に「東京工業専門学校」と改称されましたが、空襲により校舎が焼失。

その後千葉県松戸市に移転し、のちに学制改革で「千葉大学工芸部」になりました。

やなせたかしさんは1937年に入学され、1939年に卒業されています。卒業が20歳のころになります。

図案科

図案科は、現在のデザイン科に近いと思われます。

工業デザイン、産業デザインの先駆けとなるのでしょう。

工業製品を美しく、かつ機能的に創造する技術という意味で「工芸」と名付けました。工業と工芸の両方に力を入れて人材を育てなくては、日本の産業ひいては国力の発展は望めないと考えてのことでした。

引用元 東京工業大学

学生は自由であれ

東京高等工芸学校は、とても自由で温和な学校だったそうです。

制服や制帽も指定はされていましたが、強制ではなく、学生は自由であり、好きな道へ進めばいい、という校風だったといいます。

やなせたかしさんは「アンパンマンの遺書」でこう綴っておられます。

「学生は紳士であり、自由であるという思想からきていた」

杉山豊先生

担任は杉山豊先生。とてもユニークな先生で、新入生たちに「自由に責任をもって行動してほしい」と告げたうえで、このように生徒たちを導きました。

「机にかじりついていてもろくな作品はできない。銀座に近いので、毎日銀座に出て散歩するといい」

やなせたかしさんは感動し、毎日銀座に繰り出したそうです。

なんといってもこのころの銀座は、世界でも有数の繁華街。

やなせたかしさんは、いろいろなことを銀座で学びました。

やなせたかしさんの自由で柔軟な発想は、このときに育まれたのかもしれませんね。

 

やなせたかしが東京高等芸術学校に浪人で合格した史実とは?自殺も考えた!?

東京高等芸術学校を受験した理由

漫画家か小説家になりたいと思っていた、中学生のころのやなせたかしさん。

進学先に悩んでいたら、伯父に呼ばれました。伯父はとても可愛がっていて、やなせたかしさんも「お父さん」と呼んでいたそうです。

「学費は出すから医大へ行かないか?病院も譲ってもいい」

伯父には申し訳ない思いながらも、やなせたかしさんは断ります。

数学の成績が絶望的に悪かったのです(-_-;)

当然それも知っていた伯父は、あっさりと引き下がります。

当時の旧制中学校は5年制でした。

中学4年生のときに高知高校(現在の高知大学?)を受験しますが失敗。当時は4年生でも受験できました。

当時の旧制高校はかなり難関だったそうです。

絵を勉強したいやなせたかしさん。

伯父は絵を勉強することには反対派しませんでしたが、絵だけでは食べていけない・・・そんな厳しい現実も教えました。

やなせたかしさんもこう思っていたそうです。

「好きな道に進むのはいいが、少し絵が上手なくらいでは食べていけるとは思えない」

伯父が図案(デザイン)をやれば、将来職業になるのでは?と提案し、図案科を受験することにしました。

浪人は事実!自殺も考えた!

やなせたかしさんは中学5年生のとき、高知高校に再び受験し不合格。

さらに東京美術学校図画師範科と、京都高等工芸高校図案科を受験し、不合格となり浪人となります。

職業になりそうな、図画師範科も受験しましたが、失敗してしまったのです。

やなせたかしさんは予備校や塾にもいかず、ひとりで受験勉強をされました。

次の年は志望校を東京高等工芸学校図案科と、京都高等工芸学校図案科の2校に絞ります。

ですがやなせたかしさんは、図案科というものをよくわかっていなかったそうです(^^;)

苦手だった数学と英語の本5冊を1年かけて丸暗記しました。

これでダメだったら自殺するという決意で臨みました。

東京高等工芸学校図案科は、たったの20名しか合格できません。

数学のテストは、丸暗記したのがそのまま出題され安心したものの、ほかの試験がうまくいかす、やなせたかしさんは不合格だと思いました。

一次試験の結果も見に行かず、縁側で自殺の予行練習をされたとか(^^;)

ですが親戚から合格していると連絡をもらい、急いで二次試験を受けに行きます。

作文の試験でしたが、これも全く自信がないやなせたかしさん。

合格発表の日まで、首に縄を巻いたりほどいたりしていました(^^;)

超難関を突破

合格発表を見に行ったやなせたかしさん。自分の番号を見た瞬間、絶望の淵から天国へと飛び上がります。

「合格したのは奇跡」

合格したことに、やなせたかしさんはこう語っておられます。

「もし入学していなかったら、今の僕はなかったと思う」

そのくらい東京工芸学校図案科で学んだことは大きかったのでしょうね。

やなせたかしさんのその後の人生すべてにかかわる、奇跡的な合格だったようです。

まとめ

朝ドラ「あんぱん」北村匠海さんが演じる柳井嵩が受験して合格する、東京高等芸術学校のモデルである、東京工芸学校の図案科についてご紹介しました。

旧制中学校を卒業し、受験で不合格となり1年浪人されたやなせたかしさん。

絵が勉強したいと言うやなせたかしさんに、将来食べていけそうな図案科を勧めたのは伯父の寛さんでした。

図案科は今のデザイン科のようなもので、工業デザインや産業デザインなどを教えていたと思われます。

温和で自由な校風で、銀座に行きなさい、と教える担任。

ここでやなせたかしさんは、自由な発想や感性を磨かれたのだと思います。

楽しかった、やなせたかしさんの学生生活。「あんぱん」でどう描かれるのか楽しみですね!

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